■Hans Kelsen, General theory of law and stateまとめ1

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Hans Kelsen, General theory of law and stateの私的備忘的まとめです。2007年の第2刷版を用いています。

Part1 THE LAW

■NOMOSTATICS

■T 法の概念

A.法と正義

a.諸規則の客体としての人間行動(pp.3-4)
法:人間行動の秩序(order 命令?) 「秩序」:諸規則の体系

b.法の科学的、政治的定義(pp.4-5)
問題となるのは正義の哲学とは明確に区別された実定法。

c.法の概念と正義の理念(pp.5-6)
純粋法学−1つの科学−は、所与の法が公正か否かといった問題には答えない。

1 価値にかかわる主観的価値判断としての正義(pp.6-8)
正義の問題は、−目的手段の関係に限定しても−必ずしも合理的に答えが出るわけではない。i.e.自由主義と社会主義という手段の間(の選択?)の問題は、科学的には決定できない。

価値の判断−あるものが目的であるべきとされるところの主張−が、正義にかかわる必要条件又は規範の形体で登場する場合、それらはいつも価値にかかわる主観的、相対的判断によることになる。

正義に関する理念は多すぎるが故に、簡単に正義について言及する事を得ない。

2 自然法(pp.8-11)
事物の本質、人の本質、人間理性、神の意思から発するが故に、実定法とは異なる高度かつ絶対的に妥当し公正な、人間関係についての命令の存在を主張する理論→自然法理論のエセンスはここにある。but自然法理論:公正な秩序の定義づけには成功していない。

3 実定法、自然法の二元主義
自然法理論:自然法に合致する限り実定法は正当化されるという二元主義が前提→プラトン哲学の現実とイデアという二元主義に類似。

4 正義と平和(pp.13−14)
実定法のみが科学の客体となり得る。これのみが、1つの科学である−法についての形而上学ではなく−純粋法学の客体である。

5 正義と合法性(p.14)
正義概念の変化:主観的価値判断の不安定な領域から正義の問題を撤退させ、正義概念を一定の社会秩序という安定的な土台の上で構築する。
→この意味での正義は合法性を意味し、それは実定的秩序の内容ではなくその適用に関係する性質を有する。

こういう場合のみ、正義の概念は法の科学の中に入り得る。

B.法の基準(特殊な社会的技術としての法)

道徳、宗教のような他の社会的現象から法を明確に区別するところの基準、この基準は何か。

a.直接的、間接的動機付け(pp.15−16)
社会にとって損害と思われる一定の行為を差し控えさせる、社会にとって有用と考えられる行為をさせる:すべての社会秩序の機能。

この行為への動機付け:間接的であり、直接的であり得る。

遵守の場合の利益、不遵守の場合の不利益という結合−報いと刑罰−(応報の原理)/秩序への一致における仲間の承認、不一致における仲間の不承認

b.先験的かつ社会的に組織された制裁(pp.16−17)
社会秩序自体により与えられた制裁:先験的、宗教的、社会−内在的性格を有し得る。

c.処罰と報い(pp.17−18)
報いの技術より処罰の技術が好まれるということは、社会秩序が際立って未だ宗教的性格を有する場所で見られる。→報いの望みは二次的重要性を持つのみであり、報いの原理は個々人の私的関係にのみ重要な役割を演じる。

d.強制秩序としての法(pp.18−20)
彼の意思に反し彼の所有物(生命、自由、財産)が奪われる:強制手段の性格を有する。社会秩序がこの強制手段を用いる→強制秩序→法は強制秩序⇔制裁を用いない秩序の実効性は、強制ではなく自発的服従によることになる。

e.法、道徳、宗教(pp.20−21)
法と道徳の差異:法の反応は法秩序、社会的に組織された秩序により制定された強制手段にある一方、道徳違反に対する道徳の反応は、道徳秩序により与えられない−与えられるとしても−社会的に組織されていない。この点宗教は法に近似するが、宗教が規定する制裁は先験的性格を有する点で、法と異なる。

f.力の使用の独占化(p.21)
力の使用は、社会における力の使用を防ぐために用いられる:アンチノミー
→法は、力の使用の組織化である。法は、法適用機関による一定の状況下でのみ力の利用を正当化する諸要件を、力の使用に組み込む→法機関のみが力を行使できる→力の利用の独占→共同体の平和に資する。

g.法と平和(pp.22−23)


h.精神的強制(p.23)
法の本質的要素=強制と解する説への誤った解釈:法的制裁の実効性が法概念の一部である(Holland)。

Hollandは、機関が実際に執行する強制手段ではなく、法不服従の際に強制手段が取られるであろうという法主体の恐れに言及←道徳、宗教的規範と法は異ならないではないか?

i.合法的行為の動機(p.24)
「動機」:正確なところはわからない。しかしそれは制裁の恐れや法規の拘束力への信念だけではない。e.g.債務の履行は信用を確保するため。

法的秩序が実効的であるということは、人々の行為が法秩序に合致しているということを意味するに過ぎない→このことにより、行為の動機について特別な情報が与えられるわけではない。

j.強制秩序としての法という定義に反対する理論
1.Ehrlichの理論(pp.24−28)

Ehrlich:法=人々が実際に行動する際の規則。裁判所が判決を出す、出さなければならない時に用いる規則に限られない。強制は法の本質的要素ではない。

法は人間行動の秩序(Ehrlich)というのは、社会の定義であり法の定義ではない。法の共生的性質を無視すれば、社会秩序と法秩序の区別ができない。

2.終わらない一連の制裁(pp.28−29)
制裁を定めていない規則は動理解するか→規則は、その実効性が制裁を定める他の規則により保障されるからではなく、制裁を提供するから法的規則なのである。*制裁手段を持たない憲法は?