■2020年行政書士試験・行政法総論第1問

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■法律の留保(2020−8)【判例問題】

次の文章は、食中毒事故の原因食材を厚生大臣(当時)が公表したこと(以下 「本件公表」という。)について、その国家賠償責任が問われた訴訟の判決文である。この判決の内容に明らかに反しているものはどれか。

食中毒事故が起こった場合、その発生原因を特定して公表することに関して、直接これを定めた法律の規定が存在しないのは原告の指摘するとおりである。しかし、行政機関が私人に関する事実を公表したとしても、それは直接その私人の権利を制限し あるいはその私人に義務を課すものではないから、行政行為には当たらず、いわゆる非権力的事実行為に該当し、その直接の根拠となる法律上の規定が存在しないからといって、それだけで直ちに違法の問題が生じることはないというべきである。

もちろん、その所管する事務とまったくかけ離れた事項について公表した場合には、それだけで違法の問題が生じることも考えられるが、本件各報告の公表はそのような場合ではない。

すなわち、厚生省は、公衆衛生行政・食品衛生行政を担い、その所管する食品衛生法は、「飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し、公衆衛生の向上及び増進に寄与すること」を目的としている(法1条)のであるから、本件集団下痢症の原因を究明する本件各報告の作成・公表は、厚生省及び厚生大臣の所管する事務の範囲内に含まれることは明らかである。

このように、厚生大臣がその所管する事務の範囲内において行い、かつ、国民の権利を制限し、義務を課すことを目的としてなされたものではなく、またそのような効果も存しない本件各報告の公表について、これを許 容する法律上の直接の根拠がないからといって、それだけで直ちに法治主義違反の違法の問題が生じるとはいえない。
(大阪地裁平成14年3月15日判決・判例時報1783号97頁)

1) 法律の留保に関するさまざまな説のうち、いわゆる「侵害留保説」が前提とされている。

2) 行政庁がその所掌事務からまったく逸脱した事項について公表を行った場合、 当該公表は違法性を帯びることがありうるとの立場がとられている。

3) 義務違反に対する制裁を目的としない情報提供型の「公表」は、非権力的事実行為に当たるとの立場がとられている。

4) 集団下痢症の原因を究明する本件各報告の公表には、食品衛生法の直接の根拠が存在しないとの立場がとられている。

5) 本件公表は、国民の権利を制限し、義務を課すことを直接の目的とするものではないが、現実には特定の国民に重大な不利益をもたらす事実上の効果を有するものであることから、法律上の直接の根拠が必要であるとの立場がとられている。

■解説

【難易度】易しい。

1) 正しい。「個人の権利を制約し、義務を課すような侵害行政」については、法律の根拠(根拠規範)を要するというのが「侵害留保説」(実務)である。塩野宏『行政法T』第5版(2009年、有斐閣)74頁、櫻井敬子−橋本博之『行政法』第5版(2016年、弘文堂)16頁。本判決は、当該公表行為について「直接その私人の権利」「を制限しあるいはその私人に義務を課すものではないから」、「法律上の規定が存在しないからといって、それだけで直ちに違法の問題が生じることはない」としているので、侵害留保説を採用していると言えよう。

2) 正しい。「所管する事務とまったくかけ離れた事項について公表した場合には、それだけで違法の問題が生じることも考えられる」と述べられている。

3) 正しい。本件のように「食中毒事故が起こった場合、その発生原因を特定して公表すること」は、「私人の権利を制限しあるいはその私人に義務を課すものではないから」、「非権力的事実行為に該当」する、とされている。

4) 正しい。「食中毒事故が起こった場合、その発生原因を特定して公表することに関して、直接これを定めた法律の規定が存在しないのは原告の指摘するとおり」としている。

5) 誤り。よってこれが正解である。なお学説では公表について、「厳密な意味での侵害留保原則が妥当するものではないが、制度化に当たっては、法令の根拠を置くのが法治主義に適合的である(とりわけ、制裁的意味での公表を制度化する場合)」、との見解がある。前掲塩野242頁。